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2015.11.10
  • 日本と中国の長所を生かして、中国建築業界の模範を目指す
  • SAIYO Construction Engineering 総経理
  • 楊 靖
賽揚は「深化設計業界」のエリートを排出する企業として、業界で高い評価を得る企業だ。早い時期から深化設計という分野に足を踏み入れ、上海環球金融中心、上海国金中心、上海中心など、数々の大型プロジェクトに関わってきた。2016年には中国で初めてとなる深化設計業界の専門書も出版する予定だ。賽揚はいかに無から有を生み出していったのか。賽揚の創始者である楊靖氏を取材した。
  • 上海賽揚建築工程技術有限公司
  • 住所 / 上海市中山西路1800号 兆豊環球大厦6楼3座
  • TEL / (021)6440-3061    
  • URL / www.sai-yo.com

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■ 「深化設計」とはなにか


「機電工程深化設計」と言われても素人にはよくわからない言葉だ。簡単に説明すると、「深化設計」とはすべての配管や線を合理的に配置し、設計図を起こすことだ。特に高層ビルにおいては深化設計技術が参与することで工期を短縮、順調に施行することでコストを最大限節約し、クレームの少ない竣工となる。
設計図を「夢」であるとすれば施行成果は「現実」と言うことができるだろう。深化設計とは夢を現実にする橋渡し役を行うことと言える。楊氏はその深化設計を行う上海賽揚建築工程技術有限公司を創設した人物であり、これまでに100を越える「橋」の役割を担ってきた。


■ 日本と中国の仕事の良い点を取り入れる


賽揚の設立は2001年、それからわずか14年で、中国で1、2を争う深化設計会社に育った。その偉業を成し遂げることができた理由のひとつには、創設者である楊靖氏の経歴が大きく関わっている。楊靖氏は中国の建築設計業界で7年間働いた後、名古屋大学大学院に留学、大学院を卒業してから日本の大手建築会社である大林組で10年間働いている。
日本では日本人の真面目な勤務態度、厳格で細部まで行き届いた仕事の進め方に感じ入った。その細かさは、例えば価格表の作り方にしても表の長さ、高さ、線の種類、フォント、字の大きさまですべてに規定があるという具合だ。だがそれがあまりに形式化、教条化してしまっており、仕事の効率を下げてしまうこともあった。
楊靖氏には日本へ行く前に中国の企業で7年間働いた経験があり、中国の柔軟で効率的なやり方に慣れていた。両者を知る楊靖氏は日本の「真面目で厳格」な部分と中国の「柔軟で効率的」な部分という良い点だけを集め、「形而上的、だらだらとしている」という良くない部分を切り捨てた。こうすることで楊靖氏は大林組で重用され、大林組の100年に渡る歴史の中で始めての女性の海外駐在スタッフとなったのだ。
会社を立ち上げてからも楊靖氏は日本の細部を重視した誠実なやり方と、中国の柔軟性のある効率の高いやり方を取り入れた、日本の特色を持つ中国企業として名を馳せることとなった。


■ 幸運に恵まれた創業時代


楊靖氏は子どもの頃から「大きくなったら、お給料を上げる人になる」ことを夢みていた。日中の企業に17年間勤めて経験を積んだ楊靖氏は2001年、ついに子どもの頃からの夢を実現する。
楊靖氏の創業は幸運が重なったものだった。幸運は上海で偶然、日本で働いていた頃の提携会社の人と出逢ったことから始まった。ちょうどその人は深化設計の会社を立ち上げたばかりで、金橋の大規模建設プロジェクトの協力者を捜していた。もともと人柄も能力も認め合っていた同士でもあり、2人の協力はすぐに決まった。この棚から牡丹餅のような仕事が、賽揚としての初仕事となったのだ。あまりの幸運に楊靖氏は感嘆を禁じ得なかったという。
結局このプロジェクトは様々な要因により中止されてしまったが、賽揚の深度設計業界での始めの一歩は上々な物であったと言えるだろう。


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